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熊本の空に降った星

夏川結衣さんをこよなく愛する女子のブログ

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『15歳の志願兵』 感想文

『孤高のメス』から約3ヶ月ぶりの夏川さん(試写会にしか行かなかった人)。ここ数年でピカイチの、中身の詰まったドラマだと思いました。泣きはしませんでしたが、太賀くんのセリフのひと言ひと言が重すぎて。見るたびに、歳とともに受け取り方も変わってくるんだろうなあ。
人それぞれでこのドラマの受け取り方は違うと思います。私も不勉強で、考えも浅くて言いたいこともまとまらないのですが、それも真実と思って勇気を持って感想を書こう。(と思いつつズルズルと8月ももう終わりになってしまったよ)このドラマの「伝えよう」という意志はとっても強かったように思うので、今私が思うことを素直に吐くのが応えることになるのだと思います。とはいえ、もう少し短い文章でまとめられるようになりたいもんですよ。

人物を追いながら感想を書いていきます。ネタバレしてるので、まだ見てない人はご注意ください。


主役の池松くんの役は巻き込まれ型・流され型のいわゆる「普通」。たぶんどの時代においてもそういう人は少なくない。彼の場合はその性格が、家族や友人を思う優しさによく出ていました。「笠井ぃ」という呼びかけに温かさがあって、友人の言葉に素直に耳を傾ける純真さが心を打ちます。その「友達を裏切れない」「学校や教師にそう教えられたから」「僕が行かなければお父さんが非国民と言われてまう」という、優しさと人を信じすぎるがゆえに選んだ予科練の道に、悲しみがいっそう増します。池松君、うまいの。君に胸キュンですよ。

そして太賀くんが演じた主人公の親友。こんなにしっかりした15歳がいたもんだ。彼が物語の軸になっていましたが、主人公にせず、池松君の普通の目線で彼を見つめることにより、よりいっそう彼の凄さが際立ちました。
軍人の家に生まれ、父親や兄を戦争で失っているからこそ、死を身近に感じ、どんな風に生きたいとか、生きるとはなんなのかを自然と同年代よりも考えることが多かった太賀くん。もともとの文学志向もあって、そんな思いを文章に書いてみたいという夢もあった。そして彼は誰よりも母親を愛しています。苦労が多かった母親を守ってあげたいと思っている。軍国主義の母親に対し「母は戦争が終わり何もなくなった時、何を考えて生きて行くのか」という、もうね、15歳とは思えないような人生を見据えた心配の仕方もしているわけで。そして母を思う気持ちとは裏腹に「母の望むように生きることが必ずしも幸せには繋がらない」と思ってしまっている自分がいるのです。そのことを親友の池松君に漏らすのですが、それは飄々とした太賀くんの口ぶりに表されるよりもとても深い深い悩みでした。
それがある時、甲飛募集の時局講演会にて先輩陸軍将校から母親の思いを代弁するような演説を聞いてしまい、ずっと思い悩んでいたことへの答えが出てしまう。同じようなことを信頼する第三者によって言われることは、時に妙な説得力を持ってしまったりする。このへんで太賀くんの脳裏に母親である夏川さんの回想が流れ、ぐっと来ます。太賀くんは、自分が間違っていたのだと思ってしまった。あとは自分の感情をどう処理するか。時局講演会のあとの太賀くんの演説は、目がうつろで、ふらふらとしていました。それだけまだ迷いや、自分の感情との戦いがあったんじゃないかと思います。そして予科練に行くことを決め、友人の池松君に「君は喜んで甲飛に行けるのか?」と聞く。これが私は、太賀くんの最後の問いかけだったのだと思いました。池松君への問いでもあり、太賀くんの自分自身への問いかけでもあった。流される池松くんは戸惑いながらも「もちろんだよ」と答える。それを聞いた太賀くんはここらへんで「考えることをやめた」。で、あんなに正義感が強かったのに級友の喧嘩も止めない。もうどうでもいい。このへんのシーンでもかなり来ます。ううっ。
そして、いくら覚悟を決めたとはいえ、やっぱり自然とこみ上げてくる色々な思いがあった。旅立つ前日にその気持ちを、友人とよく語り合った大好きなあの川へ、一人で泣いて捨てた。それでもなお残った「こんな戦争の中でも人の心を見つけよう」という本当の思いを日記に残して彼は戦争へと行ってしまった。ううう。

夏川さんは太賀くんの母親役。戦争で息子を失っても涙も流さない、実の息子の太賀くんを立派な軍人にすることが誇りだと思って生きている。もっとドスのきいた低い声で責めてくるのかと思ったら、すごく優しい、か細い声でした。その優しい声で凛として母親らしく太賀くんを諭すから、よけい恐かったような。そして太賀くんが母親を思ってやまないというのも納得できる、はかなさを存分に出していました。大賀君を見送る時のあの厳しく悲しげな表情は、必ずしも悲しみだけではなくて、息子を誇りに思う気持ちがあったのだなあ。
太賀くんの日記に涙する最後のシーン、あれは夏川史に残るすごい台詞だと思いました。「私に学問があれば、あの子の気持ちをもっと早く理解できたんですかね。あの子を死なせずに済んだんですかね」グサッときます。死んでからじゃ遅いし。取り返しのつかない悲しみを背負わされてしまった。

物事を知るということは、色々な選択肢を知ると言うこと。それは今現在でも変わらない。知らないと、自分の置かれている状況が、自分のせいなのか、他人のせいなのかを間違えてしまうこともある。だから知ることは大事。でも本当のことを知りたいと思っても、本当のことを教えてくれなかったり、学ぶ手段がなかったり、戦時中なら余計にそうだっただろう。今の日本は昔と違って、個人でいろいろな情報を得て知ることが出来る。
じゃあ、どういうふうに知ることが大事なのか。どの立場に立つかによって、受け取り方も変わってくる。どんな風に知識を活かすかも自分次第だし、どんな知識を得ても絶対に自分のフィルターがかかるってことを認識しなくちゃいけない。どれが真実なのかはわからないってこと。色々な可能性を踏まえた上で、自分で選んでいく力が必要な時が来る。
でもその、選ぶための心や選んだ道が、国によって潰されるという事は、やはりあってはならないと思う。国のために選んだことが、やがて悲しみに変わるなんてこともあってはいけないと思う。

もうひとつ、当事者になることの難しさがある。その渦中にいたら、わかっているつもりでもわからないことだってありすぎるということ。それはきっと、その時に生きている人が幸せかどうか、ということに大きく関係するから。戦時中の人たちだって、苦しみながら自分をなんとか肯定しないと生きていけない時があったと思う。いつも自分を不幸だなんて思ってたらやっていけなかったと思う。それは池松君や太賀くんやその家族がよく表現してくれていました。
現代でも、どんなに戦争はしないとしている日本でも、自衛隊をイラクに派遣し、それはあるひとつのニュースとして流れた。いろいろな理由があってそうしたのであって、どんなに反対意見があっても、必然性があるかのようにして決行されてしまった。どうやったらあれを止められただろう、なんていち市民の自分には全然わからない。それでもそうやって自分達の生活は成り立っていたところもあるのかもしれない。そういう自分もいるということを認識しておかなくては、ダメなのだ。

今、「戦争は悲しい」と思うことはメディアに操作されている部分があるかもしれない。8月になるとメディアで戦争の話題が増えます。その当時の人たちのことを思ってただ涙を流すというのは、それも大事だし、そこから始まるけれど、そこで止まってしまってはある意味では思考停止だと思います。実体験を伝えてくれる人は必ずいなくなってしまうんだから。戦争経験者がいなくなったら、いったいどうなるだろうか。あと100年後、もしかしたら50年後には日本人の戦争への価値観は変わっていて、世界も変わっていなかったら、ずるずると同じことを繰り返す可能性はある。太賀くんがいちばんはじめに言っていた「長篠の戦い」から学ぶことだってできるはずなのに、当時は歴史から学ぶことをしなかった。いずれこの戦争を同じ歴史の一部としてただ受け流す時だって来るのかもしれない。
そう思うと、私たちが今、知ることの意義を思い知らされる。私が戦争作品を見て考えることは、自分はじゃあどうする? ということです。自分はどういう時代に生きているのかと考えること。なんで東條英機は戦犯で、織田信長はカッコいいと言われるのだ、という疑問を持つこと。考えることをやめたら人間の敗北ってのは、本当にそうだと思います。

どんな理由でも、戦争というものを繰り返してはいけない。まずは日本の国民の意志がそうであること。ひいては全世界の意志がそうなることが理想です。自分たちの国や、自分たちの仲間を守りたいという気持ちは悪くない。戦争を利用して、商売したり自分が得をしようとする人たちが悪い。国家間の争いと唱えて個人の利益の為に人が死ぬなんてことがあっていいわけがない。人間全員に共通する真理なんてないのかもしれないけど、人にはそれぞれ理由があるのかもしれないけど、「人が人を殺さないなんて当たり前じゃん」ということは人間共通の真理であってほしいなあと思います。

このドラマでちょっと引っ掛かったところ。「優秀な子供達だから戦場に行かせるのはよくない」「一中生には一中生の役割がある」「彼らには他に道がある」などという台詞が普通に入ったところ。お勉強が出来ようが、子供だろうが大人だろうが、誰だって戦場に行きたくないだろう。論点がそこなの?って感じがしました。戦争の悲惨さを際立たせるために「優秀な」「判断力のない子供」というところをわざわざ押し出したのだろうけれど、少し表現が誤解を生むように思う。でもそれも、一つの話でも人によって見る角度は様々になるし、戦争とはそういうものだったのだろうし、綺麗ごとだけで終わらないあたりは、私たちが続けて考えていかなくちゃいけないということのメッセージであるようにも思いました。ただ、この一中の生徒にしろ沖縄のひめゆり学徒にしろ、優秀な子供が都合よく使われてしまったということ、戦争のために色々なことを学んだのではないはずなのに、と思うだけで胸が詰まる思いです。


そんなことをごちゃごちゃ考えていると、こうしてドラマをつくって伝える人たちの責任感が重く伝わってきます。たぶん色々考えても最後は「戦争はダメ」に落ち着くんじゃないかと思うから、よけいに心に訴えるものを作らないと伝わらないのだと思います。15歳二人(池松君は20歳、太賀くんは17歳)に加え、キャストがすごくよかった。高橋克典がああいうのがハマるとは思わなかったなあ。マンガみたいな人だと思っていたから。夏川さんの役が重すぎてハマリすぎてて、どうも砂羽さんが浮き気味にも見えてしまいました。

太賀くんが朗読した詩については正直「??」でした。ヴェルレーヌの恋の詩なのですね。全文読んでも「???」です。悲しみに溢れすぎてて、しかもヴェルレーヌってなんだか過激で、このドラマにおいてどういう解釈したらいいんだか。言葉の美しさを伝えたかったのかなあ? でも翻訳だし?? いつかわかる時がくるかしら。

『言葉なき恋唄』
巷に雨の降るごとく
わが心にも涙ふる。
かくも心ににじみ入る
この悲しみは何やらん?

やるせなき心のために
おお、雨の歌よ!
やさしき雨の響きは
地上にも屋上にも!

消えも入りなん心の奥に
ゆえなきに雨に涙す。
何事ぞ!
裏切りもなきにあらずや?
この喪そのゆえの知られず。

ゆえしれぬかなしみぞ
げにこよなくも堪えがたし。
恋もなく恨みもなきに
わが心かくもかなし。

| 15歳の志願兵 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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